あんまり店頭では見かけないオーナー、のプロフィール
宮大工の孫、電気屋の息子として生まれる。
小学5年 「ひょうたん の観察日記」で夏休みの自由研究で学年代表発表。
酔拳とかでジャッキーチェンが持ってるアレ。
ひょうたん作りは ひょうたん を腐らせて種を出すのでヒジョーにくさい。
このころからガーデニングに興味があった?(笑)
小学6年 洗濯バサミを利用した「ドロボウ発見器」で夏休みの自由研究で学年代表発表。
洗濯バサミの挟むところにアルミホイルをくっつけ、その間に紙をはさんで、泥棒がヒモにひっかかると紙がはずれスイッチが入りブザーがなる仕組み。
「このようにブザーがなります」、とヒモを引っ張ってもブザーがならず会場は大爆笑。
このころからクリップ・ピンチに興味があった?(笑)
高校生の時、雑貨屋好きの彼女に雑貨屋を連れまわされる。
雑貨好きに。
大学の芸術部で美術展をしたビルのオーナーに声をかけられる。
バブルが崩壊して店舗が1店もなかったビルの3階に大学生3人で店を出店。
儲かるまでは家賃は無料という約束。
各人数万円ずつ出し合って新宿のあやしい外人の露天商からシルバーアクセサリを仕入れたり、手作り品や不用品を集めたりしてオープン。
売れたお金で徐々に雑貨を仕入れていった。
当時チャレンジショップという言葉はまだなかった時代。
学生や商店街のお客さんがつき、ビル3階に似たような学生や若者のショップが多いときは5店舗程に増えた。

雑誌や新聞が取り上げてくれる。
「saita」、「シティ情報ふくおか」、「よみうりガーデニング」、「はっぴーママ」、「homemade」、西日本新聞、読売新聞 など
取り上げていただき、ありがとうございました。
隠れ家的 雑貨屋がよかったのか、ももち浜ストアに取り上げられる。
放映終了前から注文の電話が鳴り始め、30分後くらいには遠くは福岡市から来たというお客さんたちであふれかえりはじめる。
その日注文の電話は鳴り止まず、ホームページのアクセスは集中して重くなり、2週間は電話注文、ネット注文がたくさん、2ヶ月はお客さんが多く、2年間は「ここテレビに出ましたよね?」という声をよく聞いた。
テレビの影響はスゴイ。
他にも「アサデス」(エンジェルプランツ)、おもいっきりイイ!!テレビ(ホットストーリーマグ)など。
取り上げていただき、ありがとうございました。

バリ雑貨問屋視察、の旅

ビルのオーナーがかわり条件がかわるので、店舗移転。
南アフリカ大使館から連絡があり、数ヵ月後、南アフリカから視察団来る。
愛知万博のついで?(笑)
南アフリカのOne Of A Kind(展示会)に招待される。

2010.2 古民家?に店舗移転。
床下や天井にもぐったり、階段や垣根を作ったり畑仕事したり担当。

2010.8 九州外語専門学校で一時講師。

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